明朗会計の裏にある「落とし穴」
Web制作の見積書には、「一式」という言葉がよく使われます。しかし、この「一式」の解釈が発注者と制作会社でズレていた時、悲劇が始まります。
「追加料金なんて聞いていない」 「途中でやめたからお金は払いたくない」
これらは、裁判所ではどう判断されるのでしょうか? 私の経験則と過去の判例から、発注者が負けやすい(支払い義務が生じやすい)3つのパターンを解説します。
【事例1】「追加修正」事件(雪だるま式請求)
~「ついでに直して」が数百万円の請求に~
事件の概要
発注者A社は、ECサイトの制作を依頼。開発途中、A社の担当者は「ここのボタンの色を変えて」「やっぱりこの機能も追加して」と、メールや口頭で五月雨式に要望を出しました。 制作会社は黙々と対応していましたが、納品時に**「追加作業費」として当初見積もりの1.5倍の金額**を請求。A社は「追加費用の説明がなかった」として支払いを拒否しました。
裁判所の判断:【条件付きで業者の請求を認める傾向】
これは非常に微妙なケースですが、判例の傾向としては、以下の要件を満たすと**「黙示の合意」**があったとして、発注者に支払い命令が出ます。
- その追加修正が、当初の仕様(契約範囲)を明らかに超えている。
- 発注者がその作業を指示、または容認していた。
- その作業に相応の工数がかかっている。
「見積もりを出していないから無料だと思った」というA社の主張は、**「商法上の報酬請求権(商人が他人のために行為をした時は報酬を請求できる)」**の前では弱くなります。
弁護士の「自衛」ポイント
- 「これは見積もり内ですか?」と聞く癖をつける: 些細な修正でも、必ずメールで「費用が発生するか」を確認してください。
- Change Log(変更履歴)を残す: 「言った言わない」を防ぐため、仕様変更の履歴をお互いに共有するドキュメントを作りましょう。
【事例2】「途中解約」事件(出来高払いの原則)
~「完成してないのにお金を払うの?」~
事件の概要
発注者B社は、Webシステムの開発を依頼しましたが、制作会社の進捗が遅く、品質も悪いことに不満を持ちました。 B社は「もう信頼できない」として契約を解除し、「サイトは完成していないのだから、着手金も含めて全額返金せよ」と主張。対して制作会社は「今まで作った分(出来高)は払え」と反論しました。
裁判所の判断:【作った分だけは払う(出来高払い)】
民法の改正により、請負契約(完成責任がある契約)であっても、途中で契約が終了した場合、**「すでに行われた仕事によって発注者が利益を受ける割合(出来高)」**に応じて報酬を支払う義務があると明確化されました。 つまり、たとえ未完成でも、プログラムの一部やデザインデータがB社に引き渡され、利用可能であれば、その分の対価は支払わなければなりません。
弁護士の「自衛」ポイント
- 「途中解約時の精算方法」を決めておく: 契約書に、解約時の報酬計算式(工程ごとのパーセンテージなど)を明記しておくと、泥沼の計算争いを防げます。
- 感情的な解約は損: 「気に入らないから解約」ではなく、相手の債務不履行(契約違反)を立証できない限り、全額返金は難しいと心得ましょう。
【事例3】「契約書なし」事件(口約束の恐怖)
~「契約書がないから払わない」は通用するか?~
事件の概要
知人の紹介で知り合った制作会社Cに、急ぎでLP(ランディングページ)制作を依頼。「とりあえず急ぎで!」と着手させ、契約書は交わしていませんでした。 納品後、C社から相場より高い請求書が届きました。発注者は「契約書を結んでいないし、金額も合意していない」として支払いを拒否しました。
裁判所の判断:【発注者の負け(相当額の支払い命令)】
法律上、契約は**「口頭の合意」だけで成立します(諾成契約)。契約書はあくまで「証明書」に過ぎません。 発注の事実があり、成果物が納品されている以上、裁判所は「商法512条」に基づき、「相当な報酬(市場相場)」**を支払うよう命じます。しかも、その「相場」の算定は裁判所が行うため、発注者の想定より高くなるリスクがあります。
弁護士の「自衛」ポイント
- 紙がなければメールで合意: 契約書が間に合わない場合でも、最低限「金額」「納期」「範囲」を書いたメールを送り、「これでお願いします」という返信をもらってください。それが契約書の代わりになります。
まとめ:財布の紐を守るのは「合意の証拠」
お金のトラブルにおいて、裁判所は**「どちらがかわいそうか」ではなく、「どんな合意があったか(または、なかったか)」**を見ます。
「だろう運転」ならぬ「だろう発注」は事故の元です。
- 「(無料)だろう」
- 「(返金される)だろう」
- 「(安く済む)だろう」
これらを捨て、弁護士監修のしっかりした契約書を結ぶ業者を選ぶか、あるいはあなた自身が契約知識で武装することが、無駄な出費を抑える最大の投資になります。


コメント